ショートショート『電話』(2018.4.8)
私は終電を降り、ホームに立った。他に降りる客は誰もいない。もう毎日この時間だ。
私の努める会社は、まさにブラック企業。
でも仕事のやりがいはある。私の担当する仕事は次世代型電話機の開発、いやもはや電話機と呼べる形はしていない。
すでにハンズフリーは浸透している。またサングラス状の機械で、レンズから直接網膜に映像を映し、ネットにつなげたり、映画やゲームを楽しむものも現れ始めている。
私はさらにそれを押し進めたい。あんな変わった形のメガネでは目立ってしようがない。あれでは屋外で使用しづらいだろう。もっとカジュアルなものにしたい。
たとえばコンタクトレンズに映像を映し、ピアスから音を聞き、ペンダントで電波を送受信する。外見からは何も付けていないようにすれば、もっと多くの人が利用するだろう。
これを上司に提案すると
「女性らしい発想だ」
とほめられた。そこまではよかったが、おかげで毎晩遅くまでひとりで仕事をするはめになった。私は知った。おだて方のうまいのと、人使いが荒いのは異音同意義語だと。
私の帰路はマンションまで一本道だ。その間に地下道がある。100メートル近くあり、まるでトンネルのようだ。照明は暗く、壁は落書きだらけ。なんだかぶっそうだ。夜中に若者がたむろしていることもあり、私はいつもここを通るのが不安だった。
私がトンネルまで着くと、前を一人の中年婦人が歩いていた。彼女は太っていて肩幅がある。どこかタレントのマツコデラックスを思わせる。両手にビニール袋を持ち、中にはたくさんの品物が詰まっていた。
私は若い男たちがいない上に、頼りになりそうな女性がいるのを知って、かなり安心した。
彼女の声がトンネル内に響く。
「そうなのよ、スーパーが閉店間際でね、半額商品をたくさん買ったのはいいけど、重くって。とくに冷凍シャケ。8割引っていうからつい手を出しちゃって。重いし冷たいし、ホントもうイヤ」
袋を見ると、確かに魚の大きなしっぽがはみ出している。何人分食べられるだろう。
トンネルを抜けても、まだ彼女は私の前を歩いていた。どうやら同じマンションに住んでいるらしい。もっとも私はほとんど自宅にいないので、隣の人の顔すらよく覚えていないのだが。
彼女の話はずっと続いていた。内容は夫の愚痴に変わっていた。
「息子が就職してから、ずっと夫と二人きりじゃない? もううっとうしくて。ほんと、いなくなってほしいわ。といっても離婚すると手続き大変だし。収入もなくなるし。夫に保険はたっぷり掛けてあるんだけど」
二人はマンションに着いた。エレベーター前でも彼女の話は続く。
「えっ、冷凍シャケで寝ている夫の頭を殴れって? 凶器の魚は食べてしまえばいい?
そうね、死体はトンネルに捨てれば、不良達に殺されたと思わせられるものね。えっ、運ぶの手伝ってくれるって? でもちゃんと魚で人を殺せるかしら?」
扉が開いた。二人ともエレベーターに乗り込む。私は13階のボタンを押し、扉が閉まった。
そのとき私は気づいた。鏡に映った彼女の顔には何も付いてなかった。マイクもイヤホンも見当たらない。今までずっと独り言をいっていたのだ。彼女がいった。
「ちょっと待って。冷凍シャケが使えるか、今試してみるから…」(終)
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「寅さんバーチャル鑑賞法』(2012.2.25)
まず『男はつらいよ』のDVDを借りて、ついでに6個入りの団子パックも買います。
店番のさくらが「そろそろお兄ちゃんが帰る頃ね」で、最初の1個。
寅さんは帰るが、すぐケンカして出ていき、
旅先から『すまなかった』とハガキを書く。
さくらが店でハガキを読むと、2個目。
マドンナが「とらやはこちらですか?」とたずねてきて、3個目。
寅さんが柴又を案内し、店に立ち寄り4個目。
寅さんがフラレて店先から出て行き、5個目。
正月の店に寅さんの年賀状が届いて、最後の6個目。
自分が、店の客になった気になれますよ。
デブったおなかも気になりますけど。。。